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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(行ツ)108号 判決

岡山市下之町二八番地

上告人

藤原道子

岡山市弓之町八の一二

上告人

藤原暉夫

岡山市下之町二八番地

上告人

藤原弘

右三名訴訟代理人弁護士

森末繁雄

岡山市天神町三番二三号

被上告人

岡山税務署長 和気英男

右当事者間の広島高等裁判所岡山支部昭和三七年(ネ)一三二号不当課税取消請求事件について、同裁判所が昭和四二年一〇月九日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人森末繁雄の上告理由第一点について

民法二五一条は、各共有者が共有物について変更を加える場合に関する規定であつて、各共有者の共有持分処分の自由を制限するものではないと解されるから、共有者全員が共有物を贈与する場合に同条の同意を必要とするものではない。所論は、独自の見解を前提として原判決を非難するものにすぎない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点ないし第五点について。

原判決挙示の証拠関係に照らせば、所論の点に関する原審の認定判断は是認することができる。また、原判決およびを記録精査するも、所論のような判断遺脱、理由不備の違法は見当らない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村義美 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷)

(昭和四二年 第一〇八号 上告人 藤原道子 外二名)

上告代理人森末繁雄の上告理由

第一点

一、原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令の解釈の誤り及び採証法則の違背があり、破棄を免れない。

二、上告人藤原暉夫、同藤原弘の両名が、原審において、上告人藤原道子が本件二八番地、二九番ならびに三二番地の各土地を被上告人に贈与した行為は民法第八二六条に違反し、利益相反行為として無権代理となり無効である旨主張したのに対し、原判決は、右行為は右藤原道子の利益と外形的客観に結合するものでないから民法八二六条に違背するものでないと判断して上告人暉夫らの主張をしりぞけている。

しかし、右の認定は同条の解釈を誤つたためなされた結論であつて上告審では破棄を免れない。

三、すなわち前記三筆の土地は、もと上告人らの先代藤原久信の所有するところであり、同人の死により上告人らが相続したものである。

ところが、本件贈与(実際は売買予約であるが)の行われた昭和二七年八月ごろにおいてはいまだ上告人間において右土地等について相続財産の分割が行われていなかつたため、上告人らが先代久信から相続した相続財産は当然遺産共有の関係にあつたものとみなければならない(民法第八九八条)。

その結果先代久信の相続財産については、民法第二編第三章第三節の共有の諸条項が遺産共有の性質に反しない範囲において適用されることとなる。

四、民法第二五一条によれば、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ共有物に変更を加え得ないと定められ、一共有者が他の共有者の同意なく共有物に変更を加えることを認めていない。

右にいう変更の中には当然処分行為も含むと学説上も解されており、その結果共有物を処分するためには共有者全員の合意が必要となる。

ところで物を贈与する行為は当然処分に含まれると考えなくてはならないから前記各不動産を上告人道子(親権者として行為したとしても)が訴外孝徳に贈与するには必然的に他の共有者の同意を得なくてはならない。

これは共有物を適法有効に処分するために、法の要求した共有物処分の要件である。

したがつて右同意は一共有者が他の共有者を代理して処分行為を行いうるか否か、換言すれば一共有者が他の共有者を代理して処分行為を行うことが利益相反行為になるか否かの問題ではなく(原判決は、この次元で利益相反性の問題をとらえている)理論的には右の問題の一段階以前において共有物処分の有効性の問題としてとらえられなければならない問題である。

法律が、共有物の処分、変更に右の要件を課したのは、共有物の変更は共有者全員にとつて重大な結果をもたらす行為である(もちろん、処分は変更以上に共有者に影響をおよぼすこと多言を要しない)ため多数決的原理を用いた共有物の管理の場合と区別したのである。

五、ところで、ここで他の共有者の同意の法的位置ずけを明確にしておかなければならないが結論的にいえば同意の前提となるのは共有者相互の対立的関係である。法は共有者相互の関係を利益の対立関係とみているからこそ、共有物の管理、変更に関し、その重要性に応じて議決的原理を用いたのである。もし共有者間に対立関係、すなわち利益相反性がないのであれば共有者全体は渾然一体としたものとみられ前述したような各共有者の利益保護のための規定をおく必要がない。

六、上告人藤原道子は、他の上告人らを代理して前記土地を贈与するにつき同意を与えていると原判決は解釈しておる。

右行為は前述したところからして上告人道子と他の上告人両名との間の関係においては自己契約となり、上告人暉夫と同弘との関係においては双方代理となり、上告人道子の行為は無権代理行為と断ぜられるをえないが、上告人暉夫らはいずれも右道子の行為を追認していない(この点は証拠上明らかである)から上告人道子の贈与契約は結局その前提となる処分につき他の共有者の同意をえない行為となつて無効である。

七、上告人は昭和四一年六月三日の準備書面において(第六項)上告人道子は右三名のために特別代理人選任の手続をなしたうえ該特別代理人とともにこれをなさなければならない。

家庭裁判所に遺産分割の申請をする際にはその当事者中に未成年者がある場合はその未成年者に一人宛の特別代理人を付する建前となつておる、これは父母と未成年者と、未成年者間の利益を慎重に保護するために各別個に一人一人に特別代理人を付するものであつて本件のように未成年者の所有する多額の所有地を母が未成年者三人の子を代表して他人に無償譲渡する場合は当然未成年者保護のために特別代理人を付することが絶対に必要である。

なお本件土地は岡山市下之町天満屋百貨店の真前にある岡山市第一流の土地であり昭和二七年一二月頃と雖も既に地価一坪につき一五万円以上と称せられ、総坪九八坪を仮りに一五万円としてもその価格は千四百七十万円貨弊価値の高い昭和二七年としては莫大な相続財産である)を親権者として未成年者のために善良な管理者として管理するものがこれを贈与することは民法第八二六条により特別代理人によつてなすべきである。

然るに右三名を代理してなした贈与契約は道子の無権代理として無効であると主張しておる。

ところで上告人の利益相反性の主張は当然右の主張も包含されているのに、原判決は前記不動産の処分方法(贈与)決定の段階における利益相反性について判断を遺脱して処分(贈与)に関しては他の共有者の適法有効な同意があつたものと誤信し、右認定を前提として贈与契約の利益相反性のみを判断している。

処分を決定する法律行為と決定された処分方法を実現する法律行為とは別異のものであることを明確にしておかなくてはならない。

然るに原判決はこれを誤つて同一のものとしてなしたる右認定は違法である。

第二点

一、上告人藤原道子が本件三二番の土地を贈与したのは右の理由による錯誤によるものであるから無効である。

結論的にいえば、右上告人は(イ)物の性状に関する錯誤に陥つていたか、(ロ)法律状態の錯誤に陥つていたか、あるいは(ハ)動機の錯誤に陥つていたのであり、いずれの場合も訴外孝徳において右上告人が錯誤に陥つていることを知つていたのである。

すなわち上告人道子は前記三二番地の土地は都市計画によつて他の土地の二坪ぐらいしか残らない性格をもつた土地であると考え、あるいは右のように法的に決つているのだと思い込み、さらには右のような土地だからこそ贈与しようと考えたとも考えられる。

右の事実はすでに提出された証拠上極めて明白であるにもかかわらず原判決が、右事実を認めなかつたのは採証方則を誤つたためである。

即ち上告人道子は本件各宅地上において喫茶店を開業するつもりで訴外孝徳にその土地の返還を求めたこと、前述のとおりである(前記第一点掲記の準備書面第四項以下六項まで参照)が訴外孝徳はその際藤原道子に対して本件各宅地は岡山市の都市計画によつて減歩され残地は多分一坪位しかならない(乙一二号証の裏面に付記しておる岡山市下之町三二番地ハ……減歩に対する保証予定地なり藤原孝徳昭和二八年一月二九日(乙第一二号証は昭和二七年七月二日である)吉田孝一が端数が少々残るのは孝徳様に贈与することで承認したと付記しておる)というので岡山市の事情に疎い道子は訴外孝徳の言を信じて少しばかりの宅地ではしかたがないと考え、これを孝徳に贈与することにしたと主張しておる。

しかしその後調査した結果本件各土地は都市計画によつても減歩されていないことが判明したのであるが道子において当時この事を知つておつたならば本件売買予約はなされなかつたであろうから道子にはこの点において錯誤がありかつその錯誤は売買契約の要素に関するものであると主張しておる。

原審における上告人らの錯誤に関する主張のなかには、当然前述の三種の錯誤の主張も含まれている(当事者者は被判所に対し法律要件である事実をのべればよいのであつて、その事実がどのような法律概念に該当し、あるいはどのような法律構成となるかについてのべる必要がない)のであるから右の点につき詳細な判断を示さない原判決は採証方則の違法を犯したのみでなく、判決に十分な理由を附さなかつた違法も犯している。

第三点

一、被上告人は、昭和三六年一月一七日付準備書面第(四)項において仮定的に上告人ら主張の本件三二番の土地贈与については解除条件がついていたとの事実を認めているが、原判決は事実摘示において右の主張の記載を脱落しており、従つて判断を遺脱しておる。

これは違法である。

却ち此点については藤原道子の第一審第九回口頭弁論における原告本人調書(乙第一二号証)についての説明にこの証書は孝徳さんが来て書類をこしらえて来て判こを押してくれというので押した、云々と陳述しておる。

三二番地は減歩に対する保証の予定地であつてもし仮りに減歩しない場合には返していただくようにというので……その話しは契約の際に話しがあつた、それで自分は確めた処孝徳はこれを認めた、返すというより減歩で絶対とられている、それで二坪か三坪残つているはずだからもしそれがとられない場合にはもどしてくれるかといつてこれを書いて貰つたんです。

孝徳は三二番地が換地によつてとられてしまわなかつたら返すということだつたんです。

云々の陳述がある。

然るに原判決は「藤原孝徳は下之町の土地について都市計画による減歩が予想されたのでその場合には代償としていわば飛地となつている三二番地の土地を提供してその他の地続きとなつている土地が減少されるのをさけることあるいは下之町の土地の減少率が平均率二五パーセントより少なかつたときはその減歩不足分について、または換地確定後の地価の変動について将来換地計画のさい精算金を支払わなければならない場合には三二番の土地を換金して精算金を支払うか土地そのものを提供しようと考えていた、そこで藤原孝徳は吉田を通じて控訴人藤原道子に対し三二番の土地は都市計画による下之町の土地のうちの他の土地の減歩の代償に提供する予定であると述べ同人も上告人藤原道子もこれを諒解した、前記贈与証書には三二番の土地について何等の条件も留保事項も記載されていないと認定しておるがこれは前記証人藤原道子、藤原暉夫、吉田孝一、福島寛吾の証言の趣旨を誤解したものである。

要するに乙一二号証の証書締結の際には藤原道子は少くとも三二番は下之町の表筋の土地を都市計画により減歩されるものにつき提供することを条件として藤原孝徳に売買予約をしたものであるから三二番は当然契約の要素として締結されたものであることは明白であるのに原判決がこれを無視して右契約には何らの条件も留保事項も記載されていない一事を以てこれを認めなかつたことは採証の方則を誤つたものである。

第四点

一、上告人らは、原審において上告人提出の昭和四一年六月二三日準備書面第四項において三二番地土地の贈与は右契約の当時すでに贈与に附せられた条件が不能になつていたから、不能条件のふせられた法律行為として無効である旨主張したが、原判決は上告人らの右主張を事実摘示において脱落している。

この点も前項同様の違法を犯していることになる。

此点については第三点引用の証拠によつても充分証明できる。

第五点

一、原判決には次のような事実誤認、採証方則の違背がある。

すなわち上告人らが訴外孝徳に本件各土地を贈与した旨記載している乙第六号証は上告人藤原道子においてその書面作成の際においてその場の形を整えるためやむなく形式的に作成した書面であつて原判決認定のこれら一連の証拠から上告人らが前記土地を右訴外人に贈与したと認定するのは誤りである。

先代久信の死亡した昭和二四年ごろ右訴外人孝徳は下之町表筋の土地を事実上占有しており、上告人道子は岡山市において事業を始めるため右土地の明渡しを求め、右訴外人が上告人のこの土地の返還を拒んだため、前記土地の南半分を同人に貸し与えることにしたが、その際執擁なる同人の要求により前記土地を贈与する旨記載した書面を作したのであり、これは同人の強要によるものであつて真意に基いて作成されたものではないから、贈与契約は真正に成立していないのである。

即ち訴外孝徳の詐欺および強迫によるものである。

(イ) また三二番の土地については、前記訴外人が同土地が都市計画により将来減歩され二坪ぐらいしか残らないから一諸に贈与(売買予約)してくれと述べたため上告人は右発言を信じ欺罔によりこれもあわせて売買予約したものである。

ところがその後調査した処右土地はほとんど減歩されず、しかも右の事実を右訴外人は充分知つておりながら、右藤原道子の無智に乗じ道子を欺して贈与させたものであつたのであるがその点に気付いた上告人らは昭和三〇年一〇月ごろ口頭で、さらにその後念のため同年一二月二四日付内容証明郵便で右様な事情でなされたものであるからと贈与取消しの意思表示をしている。

しかるに原判決は上告人らの右主張を認めないことは証拠の趣旨を誤解し事実を誤つて認定した違法を犯している。

(ロ) かりに贈与契約が成立していたとしても前述のとおり、上告人道子が当時生活に困り本件土地の返還を熱望している弱味につけこみ法律知識に浅く岡山市の実情に疎いことを奇貨とし前記訴外人において本件土地を贈与契約させたものでありこれは民法九〇条に違反し無効である。

また右贈与については上告人道子に対し前記訴外人が強迫を行つている。

前述したとおり、上告人道子は、昭和二四年には主人久信に死に別れ、終戦後で食糧さえ十分ない世の中で子供三人を拘え将来の生活に困つておるとき、やつと本件土地で商売をしそれによつて生計を立てようと決意しそのため右訴外人に本件土地の明渡しを求めたところ、同人は、上告人らの窮状につけ入り、土地を贈与しなければ他の土地も明渡さないと強迫しよつて売買予約させたものである。

右理由により、一二項記載のとおり、上告人らは贈与の取り消しを行つたにも拘らず原判決は右事実を認めないことは採証方違背

以上の諸事由により原判決は破棄を免れない。

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